予測される

岡山県女児監禁事件に話を戻すと、藤原武容疑者のような人物は『精神発達の停滞(自分を全面肯定してくれるような早期母子関係への固着)

・自己中 心的な男女関係のイメージ・女性に対する所有と支配の欲求』を持ちながらも、それを自分にふさわしい年代の相手に向けて自分をアピールして努力するのでは なく、殆ど抵抗や反論ができないと予測される子供(女児)に向けて暴力(脅し)で実現しようとしたところに凶悪性や異質性がある。
こういった子供の誘拐監禁事件では、『自分がどのような人間であってもとにかく従順に尽くして愛してくれ』とでもいうような身勝手さや他者のモノ 化(道具化)があるが、実際の現実社会における男女関係では『自分がどのような人間であっても(何も魅力や能力がなくても)』などという都合の良いアピー ルはできるはずもない。
まずは自分と相手の年齢・成熟・興味関心の釣り合いを考え、自分の魅力、能力、楽しさ、責任感などを認めてもらってでなければ男女関係はスタートしようがない。 そういったスタートの前段階の努力やコミュニケーションを一切放棄しながら、『自分の理想の異性像』だけを追求して暴力・犯罪を用いてでも実現してしまおうという幼稚さや自己中心性が際立つ。